「難治がん」と闘う新聞記者の覚悟 「自分がなすべき仕事」とは

働き盛りの40代男性。朝日新聞記者として奔走してきた野上祐さんはある日、がんの疑いを指摘され、手術。厳しい結果であることを医師から告げられた。抗がん剤治療を受けるなど闘病を続ける中、がん患者になって新たに見えるようになった世界や日々の思いを綴る。

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 最近、ある誓いを立てた。

 他人に好かれようと思うな。周りの目は気にせず、自分がなすべき仕事をしよう。

 病気になると、人の情けが身にしみる。仕事でもそれ以外でもつい、情に流されそうになる。体が言うことをきく時に独り、取材し、原稿を書くとする。「職場を離れていても、少しは衆院選のチーム取材を手伝えるのでは」と誤解されないか。そんな不安が頭をもたげる。

 だが、体調はいつ悪化するかわからないのだ。先日もこれまでなかった痛みを背中に覚え、数日でおさまったと思ったら、今度は40度の熱が出た。福島への思い、政治取材、そして病気のこと。他人に代われない仕事を後回しにしている余裕はない。

先日、ある仕事を断った。私が昨年のコラムで提案した国政選挙についてのアイデアを記事にしようと、遠くにいるときから何度も見舞いにきてくれた同僚がお膳立てしてくれた仕事だ。職場との関わりが薄れがちな私を気づかってくれたのは明らかだ。だが、一度まいた種を育てることまで引き受けていたら、新しく種をまくのに手が回らなくなる。断りのメールを打ちながら、心の中で手を合わせた。

いい仕事には、意気に感じることが欠かせない、と思ってきた。それだけに、いくら誓ったこととはいえ、仲間を袖にしたことはやりきれなかった。何日かして配偶者にこぼした。「あいつが声をかけてくれた仕事、断っちゃったんだよな」。そして、小学校時代のある思い出話をした。

●あえて嫌われる必要はない。でも本当にやりたいことがあれば

 あれは何がきっかけだったのだろうか。小学校高学年のとき、担任の男性教諭が授業中に話し出した。

 自分は元々ほかの仕事をしていたが、教師になろうと思い立ち、働きながら勉強をはじめた。それをよく思わない同僚に「ガリ勉」扱いされ、嫌な思いをさせられたのだ、と。

「でも、やるんです。自分に目標があって、そのために必要なら『ガリ勉』と言われたって、やるんです。本当にやりたいことがあるなら……」

 当時の彼は今の私よりもはるかに年下だろう。ふだんは若いあんちゃんのような話し方をしていたのが、急に「ですます」調で上ずったように語り出した熱っぽさが今も耳にこびりついている。先生自身、くじけそうになる自分にそう言い聞かせ、奮い立たせていたのだろう。あえて嫌われる必要はない。でもやりたいことがあるならば――。

●心に響くメッセージ

 先週の土曜日、自宅のソファーに置いてあったスマートフォンが「チン」と鳴った。知り合いの政治家から1年8カ月ぶりに届いたメッセージだった。その日配信されたばかりの、いとこの娘に「選挙の心得」を説いたコラムが「心に響きました」とある。自身の娘さんに触れ、「父として、恥ずかしくない闘いをしたいと思います」と結ばれていた。

そうか。小さかったあの子が、もう選挙権を持つ年齢になったのか――。

 希望の党による民進党議員の「排除」をめぐり、何ひとついい評判を聞かない彼である。「数は力」の政界なのに、その前からむやみに仲間を減らし、損になることばかりしている印象があった。今回の選挙への立候補をめぐりあてが外れた側が文句を言うのは当たり前で、本人なりに筋は通っているのかもしれない。それにしても、と思っていた。

 最近の彼のブログやツイッターをのぞいてみた。真意をわかってもらいたい、という気分がにじんでいる。私へのメッセージもその一つなのかもしれない。

 私には子どもがいない。だから想像するしかないが、父親にとって娘は絶対的な存在だろう。それに「恥ずかしくない闘いを」というからには、まだ言葉にできない何らかの確信、理想を胸に秘めているのだと思いたい。

 理想はときに人を傷つける。とくに政治家の場合は社会すら脅かしかねない。

 彼の理想はどうか。それは娘さんや将来の子どもたちの幸せにつながっているのだろうか。

彼が選挙後、また国会に戻ったとする。まだ力が残されていれば、理想に向かって突き進めばいい。

 もちろん、その方向が「違う」と感じたら批判する。なすべきことをなす。それぐらいの時間はきっと私にもあるはずだ。

(出所:AERA.dot連載「書かずに死ねるか―『難治がん』と闘う記者」、2017年10月14日掲載)

周りの目は気にせず、自分がなすべき仕事をしよう…難治がんと闘う記者の覚悟とは(※イメージ写真)

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