病床でも、「動詞」の世界を生きる がんと闘う記者

かつて何度も繰り返し、そのたびに絶望感すら覚えた看護師さんとのやりとりがある。「痛い……」と訴えたのに、「痛いですね……」と返されて終わることだ。

 いくつかの病院で経験したから、すでに必要な手を打った患者とのコミュニケーション方法の一つとして、学校で習うのかもしれない。

 やさしい口調は、患者に「寄り添う」という表現がぴったりだ。だが、激しい痛みに襲われているときに欲しいのは、必死の訴えをかわす言葉ではない。同じ目線で、具体的に何かをしてくれようとすることだ。難しい願いであったとしても。

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 東日本大震災東京電力福島第一原発事故からの復興に向かう人々のために、福島の県議たちは何をしているのか――。一昨年、福島総局でデスクをしていたとき、県議選をテーマに5回の連載をした。タイトルは「復興へ 県議の『動詞』」。中曽根康弘元首相が、まだ首相になる前の鳩山由紀夫氏を「政治は、美しいとか、キラリと光るとか、形容詞でやるのでなく、動詞でやるものだ」と評したのを覚えていた。

 県議は国会議員ほどテレビに映るわけではなく、首長や市町村議ほど身近でもない。復興をめざす福島でも、県議にはどこか姿が見えにくいというイメージがあった。

 彼らが行政と有権者との間でどんな役割をしているのか。4人の記者が「束ねる」「ただす」「承る」「赴く」「申し入れる」という動詞を軸にエピソードを集め、描いていった。

 そして最終回の取材後記でこう呼びかけた。

 「県議選で一票を投じることには意味があると読者に改めて感じてほしい」

 行動には行動を。そんな思いを込めた。

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 連載のできばえには自信があった。知り合いからの評判も上々だった。

 冷や水を浴びせられたのは、投開票を終えてからだ。連載を担当した一人の記者が漏らした。

 「実は、投票に行かなかったんですよ」

 日々の原稿や選挙報道に関わる細かな作業で疲れ果てていた。期日前投票をせずに迎えた投開票日は起きられず、投票に行かなかったのだという。一票の価値を説いた当事者が投票していなかった。大きくいえば読者への背信だが、「あ、そう」と応じるだけで怒る気にはなれなかった。

 思えば、動詞を軸にすると決めたのも、取材後記の原案を書いたのも自分。その言葉は身内にも届いていなかった。空回りした敗北感が残った。

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 病気で福島を離れたあと、参院選で一票を投じることへの思いをコラムで書いた。福島での経験があるだけに、読んだ方が「投票に行くことにした」とツイッターでつぶやいているのを見たときはうれしかった。取材のために動くことができなくなってから書いたコラムが人を動かした。そのことに皮肉も感じたが、光も見えた。

 見る。考える。書く。

 そうして今も、自分は「動詞」の世界を生きている。

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 野上祐(のがみ・ゆう) 1972年生まれ。96年に朝日新聞に入り、仙台支局、沼津支局、名古屋社会部を経て政治部に。福島総局で次長(デスク)として働いていた昨年1月、がんの疑いを指摘され、手術。現在は抗がん剤治療を受けるなど、闘病中。

(出所:朝日新聞デジタル(AERA.dotに転載)連載「がんと闘う記者」、2017年7月30日掲載)

野上祐記者

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